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| 10年間の東京生活から逗子市に住を移して3年半になる。逗子市の西端で、鎌倉材木座海岸には、徒歩で5分という所である。潮騒を聞き、磯の香りを運ぶ風の中で、心穏やかな生活というには少し大げさだが満足している。 東京の前はニューヨークに20年近く住んでいた。そのニューヨークで、写真を撮り始め写真家となり、スタジオを興し広告写真撮影を中心に10年間ほど無我夢中で頑張った後、写真を撮りだした初心に返り、自分の表現したい写真を主に撮影、また10年近く経った。 ニューヨーク生活も20年近く経ち、私も50代に入る。また、東京での展覧会が3展ほど決定しているのこともあり、人生で最も影響を受け、一生忘れられないような記憶が数え切れないほど頭の中に焼き込まれたニューヨーク生活に区切りをつけ日本に帰国した。 ニューヨークに移住する前は、グラフィックデザイナー、アートディレクターとしてデザインスタジオ、広告代理店で10年ほど働いた。後半5年間は米国が本社という外資系の広告代理店である。外国文化、理論を取り入れた中で制作し、日本人でありながら何の不思議も感じなかった。 それにニューヨーク生活20年間である。日本人としては落第だと思っての帰国だったが、帰ってきた日本、いや、東京は私よりも欧米化してしまったかのような人と街だった。それらには模倣と、軽薄さが目立っていた。もちろん目立たないが日本的な良さも残っていた。 その中で10年間東京生活をしていたが、その間、意識の底に残っている日本を探し回っているようだった。日本らしさではなく、歴史、文化などに裏打ちされた日本文化を。 逗子に住み、鎌倉の寺々の歳時記を撮り始め、寺々の空間が自分の求めている日本文化に近いと感じた。 鎌倉の寺はインド、中国、韓国の宗教文化を大きく影響を受けていた日本初期の寺社とは違い、その宗教が日本になじんだ頃の中での建立が多いのでそのせいかもしれない。 ただし、週末、折々の花見頃の観光客で賑わうのにはうんざりだが。 また、室町時代から一般の人たちの中で行われるようになった、鎌倉から端を発している坂東三十三所巡礼があることも知り、全寺を巡ることに決めた。 これは別に観音巡礼とも言われ、各寺ごとに観音像がある。しかし私は偶像崇拝主義は持たないので、純粋にその寺の空間に立ち空気に触れることを目的とし、また、自分の写真の記録以外、美術作品としても通用する各寺の御朱印も頂くことにした。 全行程三百三十三里(1300キロ)徒歩で一巡するには40日間かかったと伝えられている。 とうてい現在の私ではそういうことは出来ないので、自宅から、徒歩、自転車、電車、バスなどを利用し、何度にも分けて巡るつもりにしている。 現在14寺院を回って徒歩は正確には分からないが、自転車での走行は200キロ近くなっている。 三十三の倍の六十六歳まで巡拝できればと思っている。また、巡り終えたときには写真集にまとめようなどと、観音様に叱られそうな、欲深なことも考えているのである。 |
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