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Times Square 1989 Summer, 展覧会に出品した画像を森山大道風に |
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私の所持している写真集の中に3冊の宝物がある。 (1)森山大道『にっぽん劇場写真帖』(1968)、(2)Robert Frank『The Lines of My Hand』(1972)、(3)Sebastiao Salgad『An Uncertain Grace』(1990) だ。 |
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| −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『にっぽん劇場写真帖』<写真:森山大道・文:故寺山修司・装幀:故辰巳四郎、昭和43年7月10日(1968)室町書房発行。980円で当時月刊の写真雑誌が500〜800円だったから格段の安値である。> また、森山大道氏については<http://www.pariseiga.com/photoschool/profile/moriyama_daido.html>をご覧になると作品、経歴、個展歴などの情報が得られます。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 今回は、『にっぽん劇場写真帖』作者・森山大道氏について語りたい。 写真家は自分の作品が、「アレ、ボケ、ブレ」のどれかに該当すると、大抵は削除する作品となる。 森山大道氏は60年代後半から70年代初期に「アレ、ボケ、ブレの解らない写真」と言われながら絶大な人気を得たが、その後10年以上作品があまり発表されず(その時は私はニューヨークに住んでいた)90年代半ばから再びの大活躍である。 いまも、3月21まで、東京オペラシティ・アートギャラリーで「新宿」が開催。皆が天才と認める森山大道氏と自称天才の荒木経惟氏の作品数合計800点にもなる大合同展だ。ぜひ、行きたいと思っているが来週月曜日から8日間海外に出るので、果たせそうもない(3月10日現在)。 『にっぽん劇場写真帖』は、私が写真集でただ一冊ニューヨークに(1971)、移住するとき持っていった本で、また帰国のとき(1990)に、持って帰り、その間、またそれ以後も数えきられないほど開いた本だ。画像でお分かりのように本の函はぼろぼろである。 この本は故寺山修司氏の「にっぽん劇場・芝居小屋の外で観た地獄の4幕」というタイトル文で始まり、白黒の約140点ほどの写真が載っている。(数え始めても途中で写真に見入ってしまい、数を数えることを忘れてしまうので、何度数えても同じ数字にはならない) 芸人、新宿(都電がまだ走っていた花園町辺り)、横須賀どぶ板通りなどのスナップを中心に、芝居小屋、ストリップ劇場、映画館、それらの看板などを撮した、ザラザラとした質感のコントラストの強い画像が続き8点の水子シリーズで終わる。 その中に窓際に3本のネガが掛かっている写真がある。それらのネガは驚くほど色が濃い。ということは露出オーバーか、現像時間超過か、高温度での現像である。3本のフィルムが同じようなことは、これは彼がミスをおかしたのではないことは明白だ。当然のことだがこれらのネガからプリントされる画像はコントラストが強く、中間トーンは省かれることになる。 現在市販されているほとんどのカメラは、これらの作品と同様に撮るにはカメラメーカーがうたう機能を全て外した上で撮影することになる。 フィルム感度設定、露出、フォーカスも全自動のカメラ、その上にブレ防止のレンズを使って、撮影済みのフィルムをDPE店で、もしくはマニュアル通りに現像すれば絶対にこれら「アレ、ボケ、ブレ」の作品は出来ない。 まして、日中、陽が当たっている被写体に三脚を使うような人には、この「アレ、ボケ、ブレ」は恐怖の言葉以外なにものでもない。 しかし、この「アレ、ボケ、ブレ」は唯一、映像・写真のみで表現することができるのだ。 通常、自分の視野ではほとんど見ることができない「アレ、ボケ、ブレ」はカメラとフィルムが創り出す画像なのである。「アレ」はフィルム、「ボケ」はレンズ、「ブレ」は撮影者、これらが一般には失敗といわれる要因で創られる。 これらを信じられないほどの技術を駆使し、創造した、森山大道風写真を「解らない」と言った人々は「私にはこれらの作品を理解する能力を持ち合わせていません」と言うべきだった。 しかし、彼の作品を表面のみ模倣する若者も多い、とても危険なことである。森山大道氏は熟練の技術と、撮影する被写体が持っている、写真として完成されたときのメッセージを、瞬時にして把握することができる作者なのだ。 あるアートスペースでのコレクション展「子どものいる光景」で、長い間私のアイドルであった森山大道氏の作品の隣に自分の作品が飾られた時には、<写真を撮っていてよかった>とつくづく思ったものだ。 また、そのアートスペースで後日開かれた「森山大道氏講演」の時に、ボロボロの函となった『にっぽん劇場写真帖』を持って行き、その本にサインをして貰った。――この本を買って30年以上経ってのことだった。当然、その後は宝物写真集の第一番目となったのだ。 |
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