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画像に、マウス・ポインターを置くと、懐かしいセピア画像に、クリックすると拡大画像が見られます。 ●日曜日、朝8時前に撮影しましたが、全員が笑い、目を閉じている人がいないのが私の自慢。 Fuji-GX680+Fujichrome Provia100Fで撮影後、Epson GX-700, Adobe Photoshop-7でデジタル画像処理。 |
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| 写真という言葉は、日本に写真が渡ってきたときに言葉として和訳されたのだろう。しかし、この時代の写真は、原板の陰画のため左右反転だった。しかし、日本画を見慣れた目には、真を写す、と思われたのだろう。 私が写真を始めるきっかけになった言葉、<光を記録する>と<時を記録する>がある。<光を記録する>は主に芸術写真などで表現され、<時を記録する>は毎日見る報道の他、工事現場の記録、警察の事故、殺人現場記録などまでが、<時を記録する>だ。 しかし、写真と時との関係は、一般的には、俗に言う<記念写真>が一番親しみやすいだろう。生まれた日から始まり、初めて歩いた日、誕生日、七五三、入園式、運動会、遠足、学芸会、卒業式、と数限りなく続き、写真館最大のビジネス、結婚式。 また、人生の後半では、孫と一緒、敬老会、果てはお棺に入っても撮られ、時の記録として残る。 これらが全て楽しい時の記録ではなく、哀しい、辛い時の記録と変わることもある。 私の最初の記念写真の記憶は小学校での遠足記念写真だ。私の子供の頃は写真はまさに特別の時の記念だった。 星の数ほどある記念写真の中で、私の一押しの記念写真は、アート・ケーンが撮ったニューヨーク・ハーレムで黒人のジャズ・アーティストが勢揃いした<Harlem 1958>だ。これはポスターにもなっているのでご覧になった方もあるかもしれない。私の<小坪の夏祭り>となんと違うことか。 これらの写真の記録方法が、フイルム画像から、デジタル画像が主流となった。また、携帯電話にもデジタル・カメラが付き、撮した画像を1分もおかずに家族、友人、などに送ることもいまでは特別なことではない。 これらを記録したプリントを整理、アルバムを作る。が、CDへの書き込みから、容量の多いDVDに。もちろん、ビデオもカセット・テープから、メモリー媒体、DVDに直接記録するデジタルビデオに変わっている。1枚1枚を貼り付けて作ったアルバムのページをめくる。が、リモート・コントロールを使い画像をモニターで見るという具合。しかも、無料ソフトで、スライドショウを簡単に作り、それを保存することも、ほんのいくつかのクリックという簡単さ。 このことは、フィルムに使われる材料、現像液その他の化学処理液、プリント紙、それらが産廃、廃液、ゴミの問題となり、デジタルに代わることによって、問題が減ることは地球環境には良い。使用される電気も風力、太陽光などの自家発電によるとますます良い。 ところで、私はつとめて写真という言葉を使わず、画像(image)を使う。 語源となった、英語のPhotoは写真発祥のフランスのFotoからきている。この意味は光りであり、<Photo+graph=光+画>で光画と言うのが正しいと思う。絵画に対して光画。私はこの方が何倍も良いと思う。が、自分の作品が<光画>と誇らしく言えるかどうかは……。 |
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