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| 文筆家だった義父の回顧展のために、妻が膨大な肖像、旅行、取材での写真を整理している。50年代から70年代までは白黒プリントが多く、それ以後にカラープリントが混じってくる。 白黒プリントは、技術的にはジェラティン・シルバー・プリントと呼ばれ(以後長いのでGSPと表記・俗に言う銀塩写真プリント)展覧会など作品説明に表記される。 あるプリントが古い印画紙の袋の中に入っていた。「富士クロロブロマイド紙・中間調/微粒面/厚手・ベロナR-2」のラベルが貼ってあり、サイズは25.5x30.5cmで(四切)6枚入り。裏には「1957年の12月までに使用」と使用期限が英文で表記されている。 ちょうど50年前が使用期限だった印画紙だ。写真の歴史が200年ほどだから、この50年という年数は大きい。 この頃は名刺サイズでプリントすることが一般的であった。当時、四切サイズは今の全紙サイズよりも大きく感じ、「試験用紙在中」と和英文で裏に印刷されているのことでも、大変貴重な紙であったと思われる。 私自身、57年に中学校の卒業アルバム制作を生徒代表として、強い酸の匂いのする隣町の写真館の暗室で、プリントを教えて貰っていた時期でもある。 膨大なプリントの中には赤味を帯びてセピアトーンとなっているものもあり、赤味を帯びるのは銀がまだ酸化をしているということで、定着が完全ではなかったか、紙に酸が含まれていたのかも知れない。 写真初期の印画紙は乳剤(ゼラティン)の代わりに、卵白、ジャガイモの澱粉などが使われていたりしたそうだ。また、銀(シルバー)の代わりにプラチナ、白金などの高価な金属粉を使った、プラチナ・プリント、パラディウム・プリントなどがある。 しかし、これらをミックスする乳剤の製造が採算に合わないと止める薬品会社、フイルム会社が続出。そのために制作できなくなると、ニューヨーク在住のプラチナ・プリントで作品を創る森本君が嘆いていた。 日本では「GSPの印画紙が無くなるのではないか」と危機感を持っている写真家が集まり東京と京都で展覧会を開いた「GelatinSilverSession2007−Filmを次の世代へ残すために」には、カラープリント、デジタル出力での作品などがあり、なんでどうして銀塩写真を愛しているなどと言えるの? と感じた。 現在、この印画紙を最も使用しているのは、プロの写真家ではなく、趣味として写真を撮っている人たちだという。 写真の技術的説明は:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E7%9C%9F |
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