自然を写す
先日私用で福岡に帰った。私は17歳まで福岡で育ったので、自分の故郷は福岡だと思っている。

特割のチケットで飛行機が着くのが朝9時。朝日新聞で「日本の里100選」に選ばれた、「和白干潟」を撮る事に決め、レンズは17mmから300mmまでカバーする。ズームレンズ3本と、82mmφの偏光フィルターを持って行くことに決めた。

和白には、子どもの頃父に連れられて潮干狩りに何度か行ったことがあり、広い砂浜が記憶にある。

福岡空港から地下鉄、西鉄電車を乗り継いで和白に着いたが、住宅が浜まで建っている上に満潮で干潟は、水の下。干潟はおろか砂浜もない。潮の満干を調べなかったのが自分のミスなので自分を責めるほかない。

しかし、その先に志賀島につながる砂丘があったことを思いだし(一応WEBで地図は調べていた)今度はJR和白駅から白い車体にブルーでAquiaLiner大きくはいった2両連結の電車で、海の中道海浜公園という駅まで行った。

駅は単線のひなびた駅だったが、駅前には開発された巨大なテーマパークが出現。期待していたひなびた砂浜海岸はその有料のテーマパークを抜けなければならない。

ここで海岸をあきらめ、博多湾沿いに開発された、ホテル、水族館、マリーナがあるマリンワールドを撮る事にした。これらの画像を編集したのがこのWEBサイトの「デジタル画像記・海の中道海浜公園」だ。

私の40年近い写真家(この言葉は嫌いでなるべく使わないようにしているがこの際他の言葉がない)活動のなかで、自然を写したものには海の画像が圧倒的に多い。

地上の自然の画像は数えるほどで、その一つが上の画像で蓼科に行った時、朝の散歩の時に撮影したスナップだ。

その少ない画像の一つに、盛岡市近郊にある「野村胡堂・あらえびす記念館」の入口ホールに飾るため、岩手山を撮影に行ったことがある。15年程前のことである。それは野村胡堂氏が岩手山をこよなく愛していたからだ。

私が山の画像を撮影が得意ということではなく、和紙に感光剤を塗り、仕上げるという技法で条件に注文を受けたのである。
靄がかかり、目には見えにくいその山も、偏光フィルターのおかげで何とかものになった。朝、昼、夕の3連作定点観測で仕上げた。

自然を写す時、天候など自然条件で全く違うものになる。(満潮下の見えない干潟などはまったくの言語道断)「天気も才能のうち」と言われるこの仕事では、自然条件をよく知り、それに耐え、乗り越えたものが傑作を獲得できる。

世界の山岳画像の傑作を残している白川義員氏には、自然に頭が下がります。朝焼けのマッターホルン、凍てつく南極などの画像から、彼の真摯な画像制作の態度に心を打たれます。

40年前に見た、ニューヨーク近代美術館。アンセル・アダムス氏の「Moonrise-Hernandez New Mexico」には、感激で鳥肌が立った。
しかし作家いわく「偶然に通り合わせ撮影した」と。彼の作品ではイエロー・ストーン国立公園のシリーズが有名だ。大きな8x10カメラを持って、山奥に行くことを長年繰り返し、シリーズを完成させた。そういう人には傑作を生む偶然もあるのだろう。

私の偶然は和白干潟が撮影できなかった日に、東京で見られなかった「阿修羅展」を九州博物館で見られたことだ。しかし、1時間半以上入館するのに並らんだが。

今年の冬に、撮れなかった福岡和白干潟の代わりに、東京湾三番瀬干潟に撮影に行こうと思う。もちろん潮の干潮を調べて。