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富士山を撮る
富士山が、5分も歩けば見えるところに引っ越したのは、10年ほど前のことだ。

この付近で見える富士山、手前には江ノ島があり、夕暮れからは灯台の明かりが点灯し、回転する。レトロな灯台は6年半ほど前に新しくなり、高く大きくなった。

20分ほど坂道を歩けば大崎公園があり、富士山と同じ高さになった気がする展望地がある。ベンチが2脚あり、この場所から俗にいう<ダイヤモンド富士>が見られる頃には、沢山のカメラマンが、三脚の上に望遠レンズを付けたカメラでその瞬間を待っている。が、すべて天候しだい。晴れていても、直前になって太陽が雲の中となり、残念。また、その逆もあるのだ。

私自身、三脚は仕事の時か使用しないので、その列には並ばないというよりも、その時期は、地元の人間としては、遠いところから機材を持って来たかもしれないカメラマンたちに譲ることにしている。いつでも撮れるという優越感もある。

しかし、富士山は毎日見られるわけではない。一年のうち、北風の強い時、台風一過の晴日などには、裾野から頂上までくっきりと見え、青空の中にそびえ立つ。だが、雲がない空というのは写真にするとつまらない。くっきり見えて劇的な雲があるといいのだが、そんな瞬間に出会ったことがない。

このサイトの「デジタル画像記」のために25点を選んだ。数え切れない画像の中から選んだのだが、くっきり見えている富士山の画像は3点ほどなのだ。

主に散歩の途中なので夕刻が多い。私の散歩に持って行くデジタル・カメラでは、江ノ島の灯台が点くころに撮るとノイズが出過ぎる。選んだ中にもノイズが出ているものがある。自分では荒れていいのではと思っているが。

富士山は日本を代表するように形容されてきた。「フジヤマゲイシャ」は、昔の言葉、先日亡くなった「フジヤマのトビウオ」。またブランド名、会社名などなど。Googoleで「フジヤマ」を検索すると40万件近い検索結果が出る。ましてや「富士山」で検索すると500万件を超す。

外国から来て富士山に登る人、見て感激する人も多い。その中の一人の先覚者、バートン・ホームズ(Burton Holmes米国人)は、明治25年(1892)に初来日、昭和14年までの間に10回以上も来日、日本の各地を撮影したが、特に富士山を気に入り、沢山の画像を残した。読売新聞社から『日本幻景』というムック本の写真集にも巻頭の画像は富士山だ。その構図は歌川広重の版画に影響されたと……。

歌川広重の『富士三十六景』も素晴らしいけれど、私は葛飾北斎の『富嶽三十六景』の「赤富士・凱風快晴山下白雨」「神奈川沖浪裏」などは世界の傑作作品だと思う。

富士山は格好の日本画の題材で、多くの傑作がある。横山大観の「日本心神」「雲中富士図屏風」などは、空中に浮かんでいるように描いている。河合玉堂の「富士」も、カメラでは到底表せないような表現だ。洋画では林武の赤い「富士」もすぐに頭によみがえる。

これらの傑作を頭に思い浮かべて、競合するなどとはもってのほか、散歩のついでに気軽にデジタル・カメラで撮ることは、老いた映像作家の趣味として気に入っている。

話は変わるが、初夢の「一富士、二鷹、三茄子」を題材に10年ほど前に作ったWEB双六、占い付き。さいころを転がし、出た数だけ進みその番号をクリックすると、前に進みか、または後戻りの数字が出ます。

まだ、光ケーブルなどのない時代、電話線での接続なので、極力小さく作ったレトロなWEBゲームです。